アーティストの役割


つい先日、楽しみにしていたジム・ジャームッシュ監督の新作映画「パターソン」を見て来ました。


ニュージャージーに住むバスドライバー(詩人)と彼の妻の1週間を描いたとてもシンプルで淡々としたお話です。ただただ退屈な映画かと思いきや、全く違いました。主人公と周囲の人々(や犬)との何気なく優しいやりとりを見ているるうちに、なんだか心がぽかぽかしてきて、ちょっと冴えない自分の毎日も、とらえ方を変えれば少しは輝き出すんじゃないかと思える、素敵な映画でした。


実はこの映画を見て思い出したことがあります。それは今からもう20年以上も前、TVで偶然見かけた、俳優マイケル・キートンの話です。


彼はどういう訳か、C-SPANというアメリカの政治専門チャンネルで、どこか議会の様なところでスピーチをしていました。きっと当時の自分は、暇だからTVでも見ようとチャンネルをザッピングしていて、見慣れた顔が見慣れないチャンネルに現れたので、何だろう?と思って興味を惹かれたのでしょう。


話の全容は覚えていませんが、一部分だけがとても印象に残っていて、これまでも折に触れ、そのことを思い出したり、奥さんに話したりしていました。

その話を自分が覚えている様に簡単に書くとこうです。

「アーティスト(クリエイティブな仕事をする人々?)のこの世界における役割とは、世の中で起こっていることをそのまま表現するのではなく、例えば世界に暴力や不寛容が溢れているなら、平和や優しさを、もし世界が混乱しているなら秩序を表現することだ。」というものです。この話を聞き、えらく感銘を受けた自分は、以来マイケル・キートンを見る目が変わったのを覚えています。


今回、このとてもシンプルなジャームッシュ映画を見て、なぜこんなにも心動かされるのだろうと思っていた時に、はたと思い出したのが彼の話でした。今の世の中、とてもじゃないけれど安定しているとは言えません。北朝鮮やイスラム国の問題、トランプ大統領に安倍政権、地球温暖化による気候変動も目白押し。世界中の誰もがどこかに不安を抱えて暮らしている。そんな中、一服の清涼剤の様にして作られたのがこの映画だったんじゃないかと。ジャームッシュは一アーティストとして、キートンが言う様な役割をきっちり果たしたんだと思ったのです。(本人がそう意図したかどうかは別として)


余談ですが、20数年前に偶然TVで見かけたマイケル・キートンのスピーチを、どうにかまた見ることができないかとネットで探していたら、なんと、見つけることができました!凄いですねネット社会。ちょっと感動。


下に映像を貼り付けるので、興味のある方は是非見てみてください。問題のパートは22:59から23:29までです。またその部分の文字起こしをして、簡単な訳もつけました。


今回20数年ぶりにこの映像を見て、私が覚えていたのはマイケル自身の言葉ではなく、彼が彼の友人で偉大な画家、ラッセル・チャタム氏の言葉を引用していたのだとわかりました。いずれにしても心に響く言葉ですし、こんな思いで映画を作っていると思うとほんとうに痺れます。


"The real artist knows cynicism is death. That the job of the artist today remains the same as the ever was throughout history, which is to search for truth and beauty. The artist does not simply hold a mirror up to society. If the world now is greedy, the artist must be generous. If there is war and hate, he must be peaceful and loving. If the world is insane, he must offer sanity. If the world is becoming the void, he must fill up with the soul." From the speech of Michael Keaton on Nov. 30, 1994


「本物のアーティストであれば皮肉は死だとわかっているはずだ。それは、今日のアーティストの役割も、これまでの歴史の中で求められ続けてきたことと全く変わらず、美と真実を探求することだということ。(本物の)アーティストは単純に社会を鏡に映した様な表現はしない。もし世界が欲張りであれば、アーティストは気前よく。世界に戦争と憎しみがあれば、彼は平穏と愛情をそそぐ。常軌を逸していれば、正気を促す。そしてもし、世界が虚無に満ちてしまったら、魂を注ぐのだ。」

マイケル・キートンの1994年11月30日のスピーチより。


映画「パターソン」。見終わってからもしばらくは、思い出してしみじみと噛み締められるいい映画です。是非皆さんも劇場で。

*添付の映画「パターソン」の画像をクリックすると公式サイトにとべます。

ペンギンフィルム

湘南・茅ヶ崎をベースに映像制作を続ける映像ディレクター谷忠彦のサイトです。

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